東京高等裁判所 昭和51年(ネ)2248号 判決 1978年4月27日
第二〇〇四号事件控訴人
株式会社武蔵野銀行
右代表者
熊田克郎
右訴訟代理人
田村五男
第二二四八号事件控訴人
羽入田中
同
佐藤進
右両名訴訟代理人弁護士
片岡彦夫
被控訴人
小竹俊徳
右訴訟代理人
早坂八郎
主文
第二、〇〇四号事件につき
原判決を取り消す。
被控訴人の請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審を通じて被控訴人の負担とする。
第二、二四八号事件につき
本件控訴をいずれも棄却する。
控訴費用は控訴人らの負担とする。
原判決別紙物件目録(原判決書一二枚目)中「(二)右同地所在」の下に「家屋番号三五六〇番四四」を加えるよう更正する。
事実《省略》
理由
第一控訴人銀行に対する請求関係(第二、〇〇四号事件)
一、二<省略>
三控訴人銀行は、昭和四七年一二月一五日被控訴人との間で本件不動産について第二根抵当権の設定契約を締結した旨主張し、これが契約書として乙第二号証(根抵当権設定契約証書)が提出されているところ、同号証の被控訴人名下の印影が同人の印章によるものであることは当事者間に争いがないから、同人の意思に基づいて押印されたものであるかどうかについて検討する。
前記認定事実と前掲森、大山の各証言、当審証人富永正の証言、当審における被控訴人本人尋問の結果(第一回)の一部を綜合すれば、被控訴人は土屋社長の義弟(妻が姉妹関係)にあたり、総務部長として営業・経理面を担当し、社長及び塚野専務に次ぐ地位にあつたこと、このため両会社の役員ではないが、前記のとおり訴外有限会社のため本件不動産に第一根抵当権を設定し、右設定手続完了後も右不動産の権利証を土屋社長に預けたままにしたこと、右地位の職務内容からみて、昭和四七年一二月一六日になされた控訴人銀行からの前記七〇〇万円の融資(本件第二根抵当権設定に基づくもの)の経緯・事情を容易に知り得る立場にあつたこと、控訴人銀行との融資の交渉は土屋社長と塚野専務が担当したが、被控訴人も右両名に同行して同銀行に出入する機会が少なくなかつたこと、前記七〇〇万円の融資については、埼玉県信用保証協会の保証との関係から、控訴人羽入田らの本件仮登記の存在が問題となり、控訴人銀行は昭和四八年二月から三月ころ、土屋社長のほか被控訴人に対しても再三第二根抵当権が存在することを前提として右仮登記の抹消手続を求めた経緯があり、その際被控訴人は本件不動産に第二根抵当権が設定されていることについてなんら異議を述べていないこと、以上の各事実が認定でき、前掲土屋証言、原審及び当審(第一、二回)における被控訴人本人尋問の結果中以上の認定に反する部分は採用できない。
以上認定したところによれば、被控訴人は本件不動産について第一根抵当権を設定した際、義兄にあたる土屋社長に対して右不動産を控訴人銀行からの融資を受けるための担保として提供するについて包括的な代理権限を与えたうえ、第二根抵当権の設定契約を締結するに際しては、その間の事情の説明を同社長から受けてこれを承諾し、自分の意思に基づいて押印したものと推認するのが相当である。そして、他にこれを左右するに足る証拠はない。
乙第二号証中被控訴人作成名義以外の部分は前掲森、土屋の各証言からその成立が認定でき、同号証によれば、控訴人銀行主張の第二根抵当権設定契約に関する事実がすべて認められる。
四以上によれば、控訴人銀行の抗弁はいずれも理由があり、被控訴人の再抗弁は理由がないので、本件各根抵当権設定登記は実体上の権利関係に符合するものであるから、これが抹消登記手続を求める被控訴人の請求は理由がない。
第二控訴人羽入田らに対する請求関係(第二、二四八号事件)<中略>
二控訴人羽入田らの有権代理又は表見代理の主張について
まず、控訴人羽入田らは、土屋社長は前記金員借入・代物弁済等の契約を締結するについて被控訴人を代理する権限を有していた旨主張し、その根拠の一として本件不動産の実質的所有者が訴外有限会社であることを挙げている。しかし、前掲富永証言及び当審における控訴人羽入田本人等間の結果中の本件不動産の取得した経緯についての供述部分は、<証拠>に照らして、採用することができず、他の全証拠を検討しても、土屋社長が前記代理権限を有していたと認めることはできない。土屋社長が本件不動産を控訴人銀行からの融資について担保に供し得る代理権限を有していたことは前述したところであるが、本件は後述するように市中金融業者との取引であり、さらに控訴人銀行との場合はもともと被控訴人において第一根抵当権設定契約の締結を承諾していたものであるから、両者を同一視して考えることは困難である。
つぎに、土屋社長が控訴人銀行との間の取引において被控訴人を代理する基本代理権を有していたことは前記のとおりであるから、本件は権限踰越による表見代理にあたるというべきである。そこで、控訴人羽入田らにおいて土屋社長が本件について代理権限がありと信ずべき正当の事由があつたかどうか、さらに検討を要する。
<証拠>を綜合すれば、つぎの事実が認定でき、他にこれを左右するに足る証拠はない。
1 本件契約は、訴外有限会社の土屋社長及び富永取締役の両名が埼玉県大宮市所在の控訴人羽入田らの事務所に出向いて締結されたところ、控訴人羽入田は、被控訴人とは前月ころ一度社用で前記事務所に来た際会つた程度(したがつて、被控訴人が当時まだ三十才そこそこの会社員にすぎないことは分つていた。)であつたが、同人が土屋社長の義弟にあたり、同社長において被控訴人の実印とこれが印鑑証明書、本件不動産に第一根抵当権の登記がされている登記簿謄本を所持している事実から、同社長が本件について被控訴人を代理する権限があるものと信用した。
2 そのため、前記羽入田らの事務所と被控訴人の肩書住居又は勤務先である訴外有限会社(<証拠>によれば、埼王県浦和市所在であることが明らかである。)とは地理的にあまり離れておらず、本件貸借の申込から契約締結までに一両日前後の余裕もあつたが、被控訴人に照会する等してその真意を確かめることはしなかつた。
3 控訴人羽入田らは市中金融業者であり、本件金員貸借の内容は、二、五〇〇万円を昭和四七年一一月一日限りという二か月足らずの短期間に皆済し、期限後の損害金は日歩二〇銭とする旨の厳しいものであつた。
4 本件借入金員はもつぱら訴外有限会社の資金に充てられるものであり、被控訴人のほか訴外有限会社、土屋社長夫妻及び富永取締役が連帯債務者となり、本件不動産以外にも訴外有限会社及び右夫妻所有の不動産が共同担保として差し入れられているが、昭和三一年ころから金融業に携つている控訴人羽入田としては、本件不動産が被控訴人一家の住居として使用されていることは<証拠>から容易に察知することができた。
以上認定したところによれば、代理行為の相手方が市中金融業者であるため取引内容は正規の金融機関のそれよりも一段と厳しい条件が附されており、当該代理によつて経済上の利益を受けるものが代理人自身ともいうべき訴外有限会社であり、しかも短期間の返済が遅滞した場合本人である被控訴人一家の生活の本拠が危殆に瀕するおそれが多分にあり、その反面、相手方である控訴人羽入田らの代理権についての調査は一挙手一投足の労で足りる本件のような場合、たとえ代理人が本人の実印を所持し、また過去に正規の金融機関に同一物件が担保に差し入れられているという事情があるとしても、なお相手方は代理権の有無について本人に確かめる義務を負うというべきであり、これを尽さなかつた控訴人羽入田らは民法一一〇条所定の正当事由はないというべきである。本件の場合、控訴人羽入田が金融業者として多年の経験を有し、本人である被控訴人が三十才そこそこの会社員であり、かつ代理人である土屋社長と姻族関係にあるという事情を承知していたことは、控訴人羽入田らの注意義務を倍加することはあるとしてもこれを軽減すべき理由はないといえよう。
以上により、控訴人羽入田らの有権代理又は表見代理の主張はいずれも採用するに由がない。《以下、省略》
(舘忠彦 宮崎啓一 高林克己)